はじめに
MINLABOインサイトではヘルスケア業界に巻き起こる様々な課題について取り上げていきます。今回は重要だとわかっているのに、手を出しにくいマーケットの一つ「在宅医療」のインサイトを掘り起こします。皆様のご関心の一助になればと思います。
※記事に出てくる言葉
インサイト:物事の本質や隠れた意味、「洞察」や「深い理解」といった意味合いで使われます。
ブルーオーシャン:競争がほとんど存在しない未開拓の市場やビジネス領域を指す言葉。
単独型・機能強化型(支援診1)、連携型・機能強化型(支援診2):在宅診療患者に対し24時間対応が可能な医療機関を評価する施設基準の類型
在宅医療マーケットが熱い理由
高齢化社会の進行とともに、在宅医療の市場は急速に拡大しています。今年6月に開示された厚生労働省の報告によると在宅患者が100万人を突破し、診療報酬も月1000億円に到達したとの報道もあります。
在宅医療分野の拡大傾向は2040年まで続くと予測され130万人を超えるとも言われています。2025年以降外来医療は減少に入ると言われていますので、そんな中で拡大する在宅医療の存在感は相対的に高まります。
自宅で安心して治療や介護を受けることが可能になり、QOL(生活の質)の向上に大きく貢献する可能性も高まっています。加えて、COVID-19のパンデミックによってオンライン診療やリモートモニタリング技術の普及が進み、テクノロジーによる在宅環境も変化してます。
一方で、在宅医療、介護の分野は外側から見え難い部分もあります。また、ルールが複雑でヘルスケア事業に関わる企業にとって少しとっつき難いテーマになって無いでしょうか?
そんな在宅マーケットをデータから考察してみたいと思います。
参考:日経メディカル 厚生労働省「2023年社会医療診療行為別統計」分析(1)
在宅マーケットのポテンシャル
MINLABOが在宅マーケットに注目する仮説は2つあります。
潜在的なアンメットメディカルニーズの存在
高齢化の進行に伴い、慢性疾患を抱える患者や終末期ケアを必要とする人々が増加しています。患者は自宅での療養を望むケースが増え、病院の入院施設ではカバーしきれないニーズが生まれています。一方で、生活スタイルの変化、価値観の変化、身体的な衰え(認知症や筋骨格系など)ある中で、これまでの外来診療と同じ治療方法では対応しきれない部分が増えていくと予想されます。
ソリューションの少なさ。隠れたブルーオーシャン
需要の割に在宅医療に本格参入する医療機関、民間企業もまだまだ少ない傾向にあります。さらに、在宅医療の提供には特殊なスキルや経験が必要であり、専門人材の不足が課題となっています。それらを支える技術や研究開発・導入にはコストもかかるため、多くの事業者が対応に苦戦しています。加えて、法規制や保険制度の複雑さが新規事業の障壁となり、サービスの普及を遅らせています。
それでは、データを見ていきましょう!
データに基づくインサイト(千葉県のケース)
MINLABOでは2023年度7月報告に基づく在宅医療市場のデータ分析を行いました。その中でも、東京都ほど複雑性が高く無く医療需要が旺盛な千葉県に着目しました。千葉県には約7000件強の医療機関が存在します。(参考:千葉県 令和2年医療施設調査・病院報告の概況)
在宅医療の現状を分析すると、令和3年時点で在宅医療を提供しているクリニックは約400件存在し、そのうちR4年段階で単独型・機能強化型(支援診1)または連携型・機能強化型(支援診2)を届出る、医療機関を中心に171件の医療機関を抽出してデータを分析しました。このデータから、いくつかの興味深いインサイトが得られました。
数字で見る在宅医療_アウトカム
支援診1or2を届け出る171施設の結果
訪問診療等件数
98.2万件、1施設あたり平均値5,679件、中央値3,937件
在宅診療患者数
5.9万人、1施設あたり平均値339人、中央値221人
看取り患者数
1.2万人、1施設あたり平均値68人、中央値53人
訪問診療や在宅医療の需要が非常に高い事は伺えますが、平均値と中央値の差が大きい事から、診療所によって対応する患者数に大きな差があり、特定の診療所がデータ全体の平均値を引き上げている可能性があります。このような分布の偏りは、資源配分や医療従事者の負担に影響を与えている可能性があります。
数字で見る在宅医療_各指標の関連性
診療患者数と看取り数の関係
相関係数 0.85:診療患者数と看取り数の間に強い正の相関があることを示しました。これは、診療患者数が多いほど看取り患者の数も増加する傾向があることを示唆しています。診療所が多くの患者を抱えている場合、看取りケアも同様に増加していることを意味します。
分布の特徴:大多数の診療所は診療患者数が少ない範囲に集中していますが、患者数が1,000人を超える一部の診療所が大きな看取り数を示しており、これが相関係数の高さに寄与しているようです。
平均診療期間と訪問診療件数の関係
相関係数 0.015:こちらのグラフは平均診療期間と訪問診療件数の間にほとんど相関がないことを示しています。平均診療期間が長くても訪問診療件数には大きな影響を与えていないことを示唆しています。
分布の特徴:ほとんどの診療所が比較的短い診療期間(22ヶ月以下)の範囲に集中しており、訪問診療件数も数万件以下に収まっています。特に長い診療期間を持つ診療所は少なく、これらが訪問診療件数に与える影響は限られています。
考察
診療患者数の影響:診療所が抱える患者数が増えると、看取り患者も増える傾向にあり、診療所のリソースやケアの質に影響を与える可能性があります。この結果は、診療所が看取りケアの充実に対応するためのリソース配分が重要であることを示しています。看取りケースの深掘りが必要ですが、がん末期の患者の緩和ケアや、心不全等のハイリスク患者を診ている可能性もあり、関わる医療従事者の連携も多くリソースを確保出来る特定の医師に患者が集まる傾向が強いのかもしれません。
平均診療期間の影響:診療期間の長さが訪問診療件数に影響を及ぼさないことから、診療所の訪問件数は他の要因(例えば患者数や訪問頻度)に依存している可能性があります。施設系と居宅系でもまた診ている患者像が異なる可能性もあります。もう少し個別診療所単位で特徴を分析する必要が有りそうです。
ビジネス的な魅力
箇条書きでブレストするだけでも多くのチャンスが存在しそうです。
訪問診療と看取りケアの需要増加への対応
訪問診療件数の増加を支える効率化対策
リソース負担軽減
訪問診療データを活用したマーケティングおよび分析
訪問診療に最適化される医療機器、医療用医薬品
全国規模で見た在宅医療市場は、少子高齢化や医療リソースの限界に対応するために急速に成長していますが、技術的・制度的な課題が残されています。千葉県のデータを基にした分析では、施設ごとに診療患者数や看取り患者数にばらつきがあり、施設規模や提供するサービスに差異がある可能性が確認されました。詳細は個別施設単位の在宅医療に対する向き合い方や診療の特徴を理解する必要がありますが、引き続きMINLABOでは解像度を高めていきます。
今後、在宅医療市場はテクノロジーの導入と人材育成の充実によって、ビジネスとしての成長が期待されています。特に、データに基づいたサービスの質の向上と効率化が実現することで、医療の質の向上と効率化を目指す企業にとって、大きなビジネスチャンスが存在しそうです。
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執筆者 三原 義久:MINLABO
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